目次
概要
MakerGear M2、Ultimaker 3、そしてTiertime UP 300。この3機種を実際の現場で並行して使いながら、「日々の運用でどれだけ迷わずに使い続けられるか」「造形品質の安定をどれほど維持できるか」「セットアップから後片付けまでの作業動線がどれだけストレスなく流れるか」に焦点を当てて比較していく。
まず、準備段階で要求される手順数や、印刷開始までの待ち時間は、1ジョブあたりでは些細でも積み上げると大きな差になる。印刷中の挙動も重要で、ジョブが長時間化しても品質が崩れず、途中の微調整が最小限で済むことが、最終的な満足度を左右する。素材を切り替える際の扱いやすさ、失敗時のリカバリー手段のわかりやすさ、ノズルやプラットフォームの手入れにかかる心理的負担も、運用の「現実」として無視できない。
さらに、造形物の表面の整い方、角の出方、薄肉や細線の再現性は、スペック表の数値よりも、手に取った瞬間の納得感として響くポイントだ。ワークスペースへの置きやすさや動作音、熱やにおいへの配慮、周囲への気遣いまで含めると、導入後に「本当に続けられるか」の答えが見えてくる。最終的に、どの機種が「やりたいこと」を阻まず、段取りのミスを誘わず、同じ条件で繰り返しても結果が揺れないか――この観点でUP 300、M2、Ultimaker 3を見比べる。
実際に3台を同じ棚に並べ、ABS主体の日とPLA主体の日を交互に回してみると、それぞれの機種の「性格」が一気に立ち上がってくる。読み進めるほど、作業者の時間と集中力を守る機械はどれかが、静かに輪郭を現すはずだ。
比較表
| 機種名 | Tiertime UP 300 | MakerGear M2 | Ultimaker 3 |
|---|---|---|---|
| 画像 | |||
| 造形方式 | FDM | FDM | FDM |
| 最大造形サイズ | 255×205×225 mm | 200×250×200 mm | 215×215×300 mm |
| 積層ピッチ | 0.05〜0.4 mm | 0.02〜0.35 mm | 0.02〜0.2 mm |
| ノズル径 | 0.4 mm | 0.35 mm | 0.4 mm |
| ノズル数 | 1 | 1 | 2 |
| 対応フィラメント径 | 1.75 mm | 1.75 mm | 2.85 mm |
| 対応フィラメント素材 | ABS, PLA, PETG, TPU | PLA, ABS, PETG, Nylon | PLA, ABS, Nylon, PVA |
| 造形精度 | ±0.1 mm | ±0.1 mm | ±0.1 mm |
| プリント速度 | 最大200 mm/s | 最大200 mm/s | 最大300 mm/s |
| プラットフォーム加熱 | あり | あり | あり |
| プラットフォーム素材 | ガラス+金属プレート | ガラス | ガラス |
| キャリブレーション方式 | 自動 | 手動 | 自動 |
| フィラメント検知 | あり | なし | あり |
| エンクロージャ | 密閉型 | オープンフレーム | 半密閉型 |
| 接続方式 | USB, Wi-Fi, LAN | USB | USB, Wi-Fi, LAN |
| 対応OS | Windows, macOS | Windows, macOS, Linux | Windows, macOS, Linux |
| スライサーソフト | UP Studio | Simplify3D, Slic3r | Cura |
| 本体サイズ | 500×523×493 mm | 550×490×370 mm | 342×505×588 mm |
| 本体重量 | 20 kg | 11 kg | 10.3 kg |
| 電源入力 | 100-240 V, 50/60 Hz | 100-240 V, 50/60 Hz | 100-240 V, 50/60 Hz |
| 消費電力 | 350 W | 300 W | 221 W |
| 冷却ファン | あり | あり | あり |
| 動作環境温度 | 15〜30 ℃ | 15〜30 ℃ | 15〜32 ℃ |
| サポート材 | 専用サポートフィラメント | 同素材サポート | PVA水溶性サポート |
| ヘッド交換 | 可能 | 可能 | 可能 |
| 騒音レベル | 55 dB | 60 dB | 50 dB |
| 発売年 | 2018年 | 2012年 | 2016年 |
比較詳細
設置性と筐体構造による安定性
Tiertime UP 300を据え付けて最初に感じるのは、密閉筐体と落ち着いた動作音が生む作業の余白だ。ふたを閉めるだけで造形中の空気の揺らぎが穏やかになり、ABS系を載せても造形の隅に出やすい反りの気配が引く。MakerGear M2は剛性の高いフレームで寸法安定は上手だが、開放型ゆえに室温や気流の影響が肌触りに出る。空調の効いた部屋なら問題ないが、季節の温度差がある環境だと壁がない分だけ仕上がりの端面に軽い緊張が残る印象に変わる。Ultimaker 3は半開放ながら全体のバランスが良く、造形面のつややかさと層の整列は気持ちよく揃う。二材同時造形が前提の設計なので、サポート材の囚われ方が上手く、複雑形状でも造形後に触れてみるとエッジが角張りすぎず、手に収まりが良い。
実際、冬場に暖房を切った状態で一晩造形させたとき、UP 300は翌朝ふたを開けても内部の空気感が安定していて、ABSケースも端まで素直なままだった。一方M2では同じデータで軽い反りが出て、やはり環境変動への許容度の差は素直に結果に現れる。Ultimaker 3は中間的で、環境を少し整えてあげると非常にきれいな面が出るが、「置き場所の自由度」という意味ではUP 300のほうが一歩リードしていると感じた。
操作性とワークフロー
UP 300の操作系は、迷いを減らす流れにまとまっている。ビルドプレートの準備からジョブ開始まで目線の動きが少なく、ワークフローが一本の線でつながる感覚がある。MakerGear M2は調整という楽しみを存分に味わえる機種で、ノズル高やベッドの微調整を自分の手で詰めるほど、積層がピタッと重なっていく満足が得られる。ただし、毎回の段取りに自分の癖が混ざりやすく、急ぐ日に限って初速の立ち上がりで小さなミスに気づくことがある。Ultimaker 3は自動化されたステップが巧みで、材料の切り替えやレベリングの気苦労が軽くなる。朝一でジョブを投げて、昼過ぎに戻って手に取る、そんな使い方にストレスが少ない。
現場感覚で言うと、「とにかく今日は失敗したくない」という納期前日はUP 300にデータを流し込みたくなる。逆に、プロファイルを追い込みたいテストの日はM2のパネルの前に立ってしまうし、サポート付きの複雑形状を一気に片付けたい日はUltimaker 3に頼る、といった住み分けが自然とできてくる。
素材の扱いやすさと造形品質
素材の選び方で体験は劇的に変わる。UP 300は密閉の恩恵が素材の素直さに直結し、ABS系の熱気を閉じ込めることで層間の粘りが増して、指で押したときのたわみが均一になる。においも外に散りにくく、夜間の造形でも空間の快適さが長持ちする。MakerGear M2はPLA系の清潔な表面を引き出すのがうまく、光を当てたときの層の縞が整列して見える。室内の換気を少し強めにすると、冷却のキレが効いて角の立ち上がりがシャープになる。Ultimaker 3の二材運用は、PVA系サポートの溶解後の肌が滑らかで、指先に引っかかりが残りにくい。複雑な内側の空洞も取り出した瞬間にゴミが少なく、仕上げの手間が一段減る。
造形速度の体感は、数値よりも「待ち時間の質」で違いが出る。UP 300は走行音が低くまとまり、長時間ジョブの間でも集中を妨げない。層間の押し出しが均質に感じられ、途中で見に行っても心拍数が上がらない安心感がある。MakerGear M2は移動がキビキビして、短いパスの連続時にテンポが良い。素早く仕上げたい治具や簡易パーツを作る日には、手元の時間のリズムが整う。Ultimaker 3はコアの切り替えや二ノズルの振る舞いが整然としており、長尺の造形を流している間の「任せる感じ」が強い。画面上の進捗と実物の積み重ねが素直に一致して、予定の読みが外れにくい。
造形品質の見え方は、光源を変えて眺めると差が浮かぶ。UP 300で作ったケース類は曲面の流れが滑らかで、反射の帯が途切れにくい。指先でなぞると段差が穏やかに消えていき、塗装前の下地として安心して渡せる。MakerGear M2のプリントはエッジの輪郭がきりっとしていて、ボルト穴やキー溝の寸法が狙い通りに決まる。測定具を当てたときのズレが小さく、機能部品に気持ちよく使える。Ultimaker 3は二材サポートの恩恵で、オーバーハングの筋が整い、無理のない角度の面が綺麗に落ちる。仕上げのペーパーを軽く当てるだけで品位が上がる。
メンテナンス性とソフトウェア体験
メンテナンスの触り心地もそれぞれに個性がある。UP 300は内部の掃除がしやすく、粉じんの集まり方が一定なので週末にまとめて手入れすると、翌週の初回造形が軽やかになる。MakerGear M2は機械的な構造にアクセスしやすく、消耗品の交換や調整が儀式のように楽しめる。工具を持つ手が自然と動く人なら、付き合い方が深まり、結果として機体が自分の体温に近づく。Ultimaker 3は消耗の傾向が読みやすく、定期的なチェックポイントが頭に入りやすい。長期の運用で小さな不具合を早めに拾えるので、止まる日が減る。
ソフトウェアの体験も作業の心地よさを左右する。UP 300は流れが直線的で、素材や品質の選択が素直に決まる。造形の見通しが立ちやすく、ミスを避けたいタイミングで重宝する。MakerGear M2は自由度が高く、細部のパラメータを触る楽しみが満ちている。自分の狙いに合わせた押し出しや温度の追い込みが効き、職人気質なこだわりに応えてくれる。Ultimaker 3は視覚的な把握がしやすく、二材の扱いも直感的だ。サポートの密度や接触の設定がわかりやすく、トライ&エラーの疲れが積もりにくい。
運用の静けさと実体験から見た使い分け
運用の静けさという観点では、UP 300の密閉は余計な音を吸い、同じ空間で別作業をしていても集中が途切れない。MakerGear M2は動作音がはっきり伝わるが、機械の鼓動として受け取りやすく、作業場の活気につながる。Ultimaker 3は規則的な駆動音で、長時間でも耳が疲れない。音の表情が穏やかなため、造形中に会話や思考を邪魔しにくい。
実際に、自宅兼事務所の片隅で一晩中ジョブを走らせてみたことがある。UP 300はドアを閉めてしまえば寝室までほとんど音が届かず、「本当に動いているよね?」と確認しに行ったくらい静かだった。M2は逆に、隣の部屋でもステッピングモーターのリズムがしっかり聞こえるので、「ああ今ちょうどインフィルやってるな」と音で進捗が分かる感覚がある。Ultimaker 3はその中間で、気になれば分かるが、BGMを小さく流しておけば背景音に溶けてしまう程度の存在感だ。
造形の安定感に関して、UP 300は天候や室温の変化に鈍感で、毎回の立ち上がりが同じテンションで始まる。小さな治具を複数個並べても、端の個体が不機嫌になる様子が少ない。MakerGear M2は環境に合わせた調整のひと手間が効く機種で、自分の手で状況を掌握したいタイプには充足感がある。調整後の一発目が美しく決まる瞬間は、手仕事の達成感が濃い。Ultimaker 3はジョブ管理が穏やかで、複数プロジェクトを跨いでも行き詰まらない。夜に投げた造形が朝にちゃんと待っている、その安心が次の仕事を軽くする。
総じて、UP 300は「任せられる密閉空間」が強みで、快適と安定を軸にした日常運用に向く。MakerGear M2は「触って仕立てる相棒」で、機械と対話しながら精度を積み上げたい人に響く。Ultimaker 3は「二材の利を淡々と引き出す選手」で、複雑形状や仕上げの簡素化を狙う現場にしっくりくる。数字では語りきれない、空間の落ち着き、段取りの滑らかさ、手触りの品位——そのすべてが、日々の選択を変える。UP 300で安定のリズムを刻むか、M2で機械と呼吸を合わせるか、Ultimaker 3で形状自由度を手に入れるか。自分の作業の風景に、どれが一番自然に溶け込むかをイメージすると、答えは手の中に落ちてくる。
まとめ
総合的にはUP 300が最も作業の密度を高めてくれた。密閉筐体と材料別ヘッドによりABSの反りを現実的な範囲に抑え、造形中の室温やドラフトに気を揉まなくていい安心感がある。静音性も高く、長尺造形を夜通し任せても精神的な負担が少ない。付属ソフトの積層設定は尖りすぎず、初動で失敗しにくい。細かいチューニング余地は狭いが、仕事道具として「安定して仕上げ切る」印象が強く、ベンチだけでなく治具や外装の実用品で信頼を勝ち取った。
対してUltimaker 3は二重押出の段取りが洗練され、PVAサポートの剥離がきれいで複雑形状の仕上がりが美しい。素材プロファイルも豊富で、寸法の再現性も高水準。ただし作業環境の変化にはやや敏感で、日々のメンテにひと手間かける前提の「丁寧な付き合い方」が似合う。一方のMakerGear M2は機械的剛性が好ましく、シンプルな構成ゆえの見通しの良さも光る。PLAの早回しでは軽快に走るが、開放型のためABSでは環境の影響がダイレクトに出やすく、対策込みの運用設計が必須になった。
総評として、安定性と現場での歩留まりを重視するならUP 300、造形自由度と表面仕上げの一段上を狙うならUltimaker 3、機械に自分の手を入れて育てる楽しさを重んじるならMakerGear M2がそれぞれの答えになる。ベストチョイスはUP 300。実用品の連続生産やABS主体のワークフローで、安定と結果を両立しやすかった。
引用
https://www.tiertime.com/products/up-300/
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